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意識高い系と呼ばれる人になるリスクとは

意識高い系と呼ばれる人になるリスクとは

SNS上でもよく話題に挙がる「意識高い系」。主に、意識の高い人の言動を真似る人という意味合いで使われる言葉として知られています。

この記事では、そんな意識高い系と呼ばれる人になるリスクとは何かを解説していきます。

 

意識高い系になるリスクとは?

意識高い系になるリスクとは?

リスク1. 自己陶酔しやすい

意識高い系と呼ばれる人は自己陶酔しやすい傾向があります。要するに、「その年齢でここまで意識が高いなんてすごいね」と褒められるたびに、成功者や偉人の真似事をする自分こそが本当に意識の高い人物なのだと勘違いしてしまうのです。

 

リスク2. 上から目線になりやすい

他人に対して上から目線になりやすいのも「意識高い系」と呼ばれる人になるリスクです。前項でお伝えしたリスクに関連するお話しですが、周囲から意識の高さを褒められることで「自分がすごい人間」だと錯覚し、無意識のうちに他人を見下してしまうわけです。

 

リスク3. 信頼性を担保しにくくなる

冒頭でもお伝えしたように、意識高い系とは「意識の高い人の言動を真似る人」という皮肉的な意味合いで使われる言葉です。

実際に、成功者や偉人のノウハウをインプットするだけの人物になった場合、信頼性を担保しにくくなります。いわゆる「うんちくはあるけど実体験のない人(信頼に値しない人)」になりやすいわけです。

 

意識が高い人と意識高い系の2つの違い

意識が高い人と意識高い系の2つの違い

意識高い系の人は意識が本当に高い人を真似るため、両者の違いは見た目にはほとんど現れません。しかし、意識が高い人と意識高い系には、決定的な違いが2つあります。ここからは、その違いについて詳しく解説していきます。

「自分は意識高い系になっていないか?」「尊敬しているあの人は本当はどちらのタイプなのか?」といった視点で、自分や他人の意識が本物かどうかを見極められるようになりましょう。

 

違い1. 意識の向き

意識が本当に高い人と、その真似事をしているだけの意識高い系の人の1つ目の決定的な違いは、「意識の向き」です。

意識が高い人は、意識が「自分」に向いています。

  • 自分が達成したいことは何か?
  • 今の自分には何が足りなくて、何をすべきなのか?
  • 自分の努力は、夢の実現に近づいているか?

こうした自分の成長や今できることに意識を集中していて、自分の志と周りの目線や評価を切り離して考えることができています。

一方、意識高い系の人は、意識が「他人」に向いています。意識高い系の人は、

  • 他人から良く見られたい
  • 他人から評価されたい
  • 他人から尊敬されたい

このように承認欲求が高く他人の評価を基準にしているため、自意識が過剰になったり自己陶酔の状態に陥りやすくなります。

意識高い系の定番のあるあるである、「スタバでMacを開く」という行動を例にしてみましょう。
意識が本当に高い人は、スタバに行くことやMacを使うことが夢を叶えるために必要不可欠な手段であり、無くてはならないものだかからこそ必然的にスタバでMacを使っているだけに過ぎないのです。

ところが意識高い系の人は、スタバでMacを開くこと自体が目的になっていて、その自分に満足してしまっています。「スタバでMacを開く」という結果を求めてしまっているため、中身のない人と認定されてしまうのです。

このように意識が本当に高い人と意識高い系の人は、意識の向きが決定的に異なります。意識高い系になってしまいそうな人や当てはまりそうな人は、「他人にどう思われたいのか?」ではなく「自分がどうありたいか?」を考えましょう。

 

違い2. 自信の有無

意識が高い人とそれを真似する意識高い系の2つ目の違いは、自信の有無です。

意識高い系の人は、表面的には自信に満ちていて頼れる人に見えますが、その自信もまた意識が高い人を真似していることから生まれる表面的なものに過ぎません。自信があるように見える理由は、本当に自信があるからではなく、周りから自信があるように見られたいからなのです。

本当は「自分に自信がない」と自覚しているからこそ「その自分を知られたくない」という心理が働き、外見を他人から見られたい姿に変えて虚勢を張ろうとします。しかし、その行動はただ見た目を取り繕うだけであり、内面は一向に成長しません。

一方、意識が本当に高い人は、自分を客観視することができています。

実は意識が高い人の中にも、自分に自信を持てない人は少なくありません。しかし、意識が高い人の全員に共通して言えることは、自分の今の実力や評価を客観視できていて、そんな自分を認めることができているのです。まだまだ発展途上な自分を客観的に認めた上で「もっと成長しよう」という向上心を持っているため、他人に本当の自分を知られても気にせず、今の自分にできる努力を謙虚に続けることができます。

このように自分を認めることで生まれる落ち着きや余裕が、他人に対して自信を感じさせるのです。自信があるように見られたいのではなく、結果として自信があるように見られているだけで、この場合も意識は他人ではなく自分を向いていることが分かります。

自信の有無と主観・客観の視点もまた、意識の差を分ける決定的な違いです。

 

意識高い系は「悪」なのか?

意識高い系は「悪」なのか?

結論から言うと、意識高い系であることは「悪」ではありません。最初から意識が高い人はごく少数であり、ほとんどの人は意識高い系を経験することで、徐々に意識が高い人へと成長していきます。

例えば、自分が海外の俳優や歌手に憧れて「この人みたいになりたい!」という夢を抱いたとしましょう。そうした人が「この人みたいに英語を喋れるようになりたい」「この人のファッションを真似したい」「ネイティブな発音で歌えるようになりたい」と思うのはごく自然のことであり、最初からなんの目標もなく「英語を話せるようになりたい」という強いモチベーションを生み出せる人は、ほとんどいません。

この例のように、最初は誰もがひと目で分かる見た目や形から自分の興味を見つけていきます。この時の自分は他人の目を少なからず意識しているはずであり、つまりは誰もが憧れの人や物を見つけた時、意識高い系になっているのです。

意識高い系の良し悪しを分けるのは、形から入った後の意志や行動です。自分の興味に対して形のままで満足したり他人から評価されることが目的になってしまう人が「悪い意識高い系」です。

一方、形だけで満足せず自分の興味に素直になり、いろんなことに挑戦して経験値を増やしたり、自分が決めた目標のために努力できている人は「良い意識高い系」です。自分の身になる努力を自分のために続けられる人は、いずれ本当の意識が高い人へと成長できるでしょう。

意識高い系は、決して悪いことではありません。ただし意識高い系のままで止まってしまわないように、努力や経験を積み重ねて、他者から得られる承認欲求ではなく自己肯定感を高めていきましょう。

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まとめ

真に意識の高い人は知識・実体験をバランスよく備え、周囲の信頼性を担保できるもの。
自己陶酔もしなければ、他人に対しても謙虚に接します。

また、自分の価値を冷静に分析できるほどの広い視野を持ち合わせているのも特徴です。「意識高い系」と呼ばれた経験のある方は、今1度ご自身の在り方を見直してみましょう。

 

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